見上げているばかりの存在なのだろうか、俺は


 こんなに、こんなに熱い想いを抱いていても
 所詮身分違いならぬ種族違いで片付けられるようなものなのだろうか、俺の情熱は


 言葉が通じて
 視線が同じで
 抱き締められる体があれば、俺だって


 アイツと同じ人間になりたい
 たった1つ願ってやる
 何にも縋ったことのない、俺が



 どうか





そう願ったケルベロスの頭上で星が流れた事に
青天の下では誰も気付けなかった










星が流れる時間の中で













いつのまにか眠っていたようだ。ケルベロスは閉じていた瞼を持ち上げた。
続いて前足を立たせて、視界が常よりも高い事に気がついた。
こんな景色は見た事がない。こんな高い所からこの景色を眺めた事はない。
たぶん自分が立っている場所は意識が沈む前にいた場所、カジノ横の小屋だ。だが何かがおかしい。

ケルベロスは混乱せず冷静にそう思って、身の回りを観察した。


目に入ったのは、地面に伸びた長い5本の指。
まるで人間みたいな指だ。ケルベロスは自分の体を見た。
見かけとは裏腹に触り心地の良い毛皮が丸々なくなり、筋肉がついてしっかりとした肢体が首から下についている。

まるで人間みたい、じゃない。
人間になってるんだ。



ケルベロスは驚喜した。
目の前に持ってきた手の平は確かに今まで見てきた人間の手で、地面に立っている後ろ足はすらりと伸びている。
人間になってる!
夢か現実か、それは定かではない。けれど、今ケルベロスが人間の体を手にした事は何にも変えられない事実だ。

「ぅ……」

声が上手く出ない。何度か発声すると、回数を重ねる毎に声がはっきりとしてきた。
ケルベロスの知能は非常に高く、これまで聞いてきた人間の言葉はだいたい覚えている。ただ犬の姿の時は、どうしても声帯が思い通りに振動されなかったのだ。
この喉は喋れる。

「せ、瀬那……せな、瀬那」

感動すら覚える歓喜だった。ずっと声にして呼びたかった彼の名前を、自分は口にしたのだ。
ケルベロスは何故自分が人間になりたかったのかを思い出し、希望に満ちた瞳で声がするグラウンドに顔を向けた。
二足歩行は出来る。これは犬の時でも出来たから、足元がふらつく事はない。
グラウンドにいるだろう瀬那のもとに駆けつけようとして、はと気付く。

ケルベロスの全身は剥き出しになっている。つまり、真っ裸だ。
しかも真っ裸に棘がついたゴツイ首輪をしているものだから、余計に危ない雰囲気が出ている。
賢いケルベロスはこれでは不審者以外の何者でもない上、警察に捕まってしまうと知っている。
困った。考えを巡らせたケルベロスは、隣に聳え立つカジノに繋がったロッカールームに服がないかと思い当たった。
カジノは犬の視線で見た時よりも小さく見えた。蛭魔や武蔵、栗田や瀬那がやっていたように扉に手をかけて開け放つ。
中には誰もいない。全員グラウンドにいっているのだ。
幸いロッカールームには様々なサイズの制服が脱ぎ捨てられていた。自分に合うサイズを手当たり次第に試着して探し、ズボン、Yシャツ、ブレザーと、探し終えた時にはケルベロスは立派な泥門生になっていた。
盗むわけではない。拝借するだけだ。

ケルベロスは頷くと、カジノから躍り出た。





許された時間はそう長くはない。
誰に言われたわけでもないけれど、ケルベロスの直感はそう感じ取っていた。おそらく間違いではない。
ずっと人間のままで瀬那の傍にいれたら嬉しいが、もとは犬なのである。
これは、陽炎の奇跡なのだ。










開かれた視界は広かった。
グラウンドは犬の目よりも広大に見え、だが全てに手が届くようだった。
遠くに見えるのは40ヤード走をやっている数人、近くに見えるのはタックルマシーンにぶつかる数人。
薄茶の虹彩の視力は良く、彼らの番号がはっきりと見えた。

51、52、53……80、1………21。

21番、瀬那だ。瀬那があそこにいる。
バズーカを持った蛭魔に頭を小突かれて転びそうだ。瀬那を庇いに入ったのは、まもりに違いない。
ケルベロスは動悸を落ち着かせ、足早にグラウンドに下りた。






「イイ加減瀬那を苛めるのは止めて蛭魔君!」
「苛めてねぇよ。これが俺の愛情表現なんだよ」
「もっと悪いわ!!」
銃器(しかも今はバズーカだ)を持った蛭魔にここまで強く反論出来る女性はまもりだけであろう。
瀬那がアイシールド21だと分かった後でも、まもりは対男では一歩も保護者の立場を譲らなかった。
今日も始まったお馴染みの口論に、瀬那は途方に暮れた。こうなると長いのだ。
「かっこいいなぁまもりさん!」
「ええ!?そこうっとりするところなんだ!?」
戦乙女を見るかの如くまもりを称えるモン太に、習慣となった突っ込みを1つ。


なす術もなくモン太と雪光と傍観していると、背後から誰かが近付く気配がした。
大きさ的に武蔵が止めに来てくれたのかな、と振り返った瀬那の手が途端に取られた。
「えっ?」
ケルベロスは初めて握る瀬那の手の柔らかさに僅か目を細める。牙で噛むのとは全然違う感触だ。
「瀬那」
「ど、どちらさまでしょうか…?」
驚きのあまり言葉遣いがおかしくなってしまった。
見た事がない人に突然手を握られれば誰でも驚くだろう。

背丈は高い、というほど高くもないが、それでも大きいと感じるのはしっかりとした体つきからだ。
怖い、と思うのは彼の薄茶の瞳に篭められた力が強く、また首に凶器のようなアクセサリーをつけているからだ。
短髪はどこかで見た覚えがある亜麻色。見た感じではそれほど柔らかくもなさそうな髪である。

まもりと一時休戦した蛭魔は見知らぬ乱入者に眉を顰めた。
泥門高校の生徒は名前と顔が一致するまで全員記憶している。だが泥門高校の制服を着ているこの男は全く記憶にない。自分の脳が忘れるわけがないから、この男は泥門高校の制服を着た部外者である可能性が1番高い。
泥門生にしろ、部外者にしろ、銃の的である事に変わりはないけれど。



「あ、貴方誰?瀬那の手を離してくれないかしら」
困惑したまもりがケルベロスに交渉しようと前に踏み出るが、ケルベロスはそれに応じる気はさらさらなく、瀬那だけで視界をいっぱいにして鋭い犬歯を見せて笑った。蛭魔と同じ様に全てが犬歯になっているケルベロスの歯を見た瀬那はどきりとした。
「ちょっと、瀬那借りるぜ」
「何言って…」
ケルベロスはまもりの言葉を最後まで聞かず、瀬那の手を握る力をさらに強めるとグラウンドの砂を舞わせて駆け出した。
0コンマの遅れでケルベロスが立っていたグラウンドに銃弾が埋まる。硝煙の臭いにケルベロスの鼻が反応する。
氷のような、けれど烈火の如く燃えた蛭魔の視線と絡み合うが、口端を持ち上げて加速した。
瀬那は突然のダッシュにも関らず、混乱した頭でしっかりとケルベロスについて走っている。転ばないように一生懸命だ。

「ハアァア!?テメー何してんだ!」
目の前に十文字が立ちはだかる。犬の姿の自分に勝てないくせに、人間の姿になった自分に勝とうとするなんて馬鹿な奴。
「ほぐぁあ!!」
「なっ!!」
ケルベロスの威勢に一瞬怯んだ十文字の横を抜ける。噛み付く時間だって惜しいのだ。
もう関門はない。一気に駆け抜ける。



手を繋がれて走っている間、瀬那は不思議な感覚に囚われていた。
初めて会う人のはずなのに、一緒に走るのは初めてではない。力強く引っ張られる。
前を走る彼の亜麻色の髪が風に吹かれる景色がデジャビュとなって瀬那の網膜に映った。


この風を生み出すのは、確か。










足は自然と黒美嵯沿いに向かっていた。瀬那とランニングする道である。
人間の足でも犬の時の俊足は変わらなかった。ケルベロスは徐々に走りを弱めて、足をふらつかせる瀬那を振り返った。
「成長したな」
「はぁっ…はぁっ……成長、ですか?」
ケルベロスは自分と縄で体を繋いで走って引きづられていた瀬那と今の走りを比べて評価したのだが、瀬那にわかるはずもなく、とりあえずといった感じでお礼を言った。
「あの、どこかで会った事ありますか?」
「毎日会ってる」
そう言うと瀬那はますます不可解だと頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
「名前は…」
瀬那の質問にケルベロスは沈黙した。
名前を告げたい、自分だと認証してもらいたい、と思う衝動に駆られる反面、脳の片隅でもう1人の自分が正体を告げてはいけないと冷静に唱えている。
「名前よりも大切な事がある」
ケルベロスは草の上に座ると、隣に座るよう瀬那を促した。しばらく躊躇してから遠慮がちに隣に座る。
犬の時なら、もう警戒心もなく自分から座るくせに。
寒い風邪が吹けばおどおどと近付いて暖を取ろうとするくせに。
この姿になれば、それもこれも全部ナシになるのか。
落ち着かずにしている瀬那を見下ろすのは、とても楽しい。けれど、いつものような笑顔を見下ろす方が楽しいに決まってる。


「頭を撫でろ」
「……はぃ?」
ずいっと頭を差し出す。いきなり何を言い出すのか、この人は。
瀬那は驚いていいのやら呆れていいのやら戸惑っていいのやらで差し出された頭を前にどうする事も出来なかった。
だがこのまま何もしなかったらずっとこのままな気がする。
それに、グラウンドでの言動を見る限りこの男は気性が激しいようだ。瀬那の嫌な方向に冴える勘が逆らってはいけない、と言っている。
そっと瀬那の指がケルベロスの髪に絡められた。
「わっ…あ〜……髪の毛柔らかいですね!見かけはそんなでもないのに……」
「そうだろ」
上目で見た瀬那はようやく笑顔を見せていた。触り心地の良いケルベロスの髪の上を何度も瀬那の手が行き来する。
そこで、ふと、また瀬那の笑顔を下から見上げているのに気がついた。
頭を撫でていた瀬那の手を掴み取り、唐突なケルベロスの行動に目を丸くする瀬那を視界の下に置く。



「気持ち良かったか?」
「はい」
ケルベロスの髪の柔らかさを思い出した瀬那の表情が解けるように笑顔になる。
初めて上から見る、瀬那の笑顔。
ああ、これが見たかったのだ。


「瀬那、俺は」


「俺は、ずっと、誰よりもお前の脚を見てきた。誰よりも一緒に走ってきた」


「俺が俺を撫でるのを許すのはお前だけだ。どういう意味かわかるだろ?」


視界が白みがかる。
じっと見つめるケルベロスの視線に恥らう瀬那が、白い光の中に消えそうになる。

もう少し、待ってくれ。

瀬那の姿が霞んでいく。


好きだって意味が



目の前が真っ白になった後も、瀬那を抱き締めた感覚がいつまでも残っていた。





















ランニングから帰ってきた瀬那は、ユニフォームに着替えるため単独で部室に戻った。
横の犬小屋ではケルベロスが昼寝をしている。
いつも凶暴という言葉では片付けられないほど凶暴なケルベロスの可愛らしい表情に微笑み、手を伸ばして一撫でする。

「……あ」

ケルベロスの毛皮の柔らかさが、忽然と姿を現し消えた彼の髪の柔らかさを彷彿させた。


「ケルベロス……?」





ケルベロスはただ1度、鼻をひくつかせただけ。





擬人化ケルは皆さんのご想像にお任せします。
しかし素っ裸にあの首輪はちょっと……(笑)

微妙な感が否めない作品になってしまいましたが、
宜しければ受け取ってくださいませ夕暮様!
99444ヒット御礼にv







どうも、夕暮です。
頂いてたものをアップするの忘れてた馬鹿です。<ガフッ>
いやぁ、擬人化って、なんて素晴らしい響き★

いいですよね、擬人化!!

もう、ビバ擬人化!!

何回連呼するんだって話しですが、それくらい大好きです!!

もう、シンラ様にはお世話になりっぱなしですよ


追伸・棗シンラ様のサイトはリンクよりトベマス。