闇に埋め尽くされた視界。
目を覚ましたばかりの俺は、てっきり今が夜なのだと思った。
灯りを付けようとした腕が全く動かないことに気がつくまでは・・・・。






I take it if you do not give it








両腕を背中で戒めているのは、見えないがどうやら何かヒモのようなものだ。
縄というよりは細く、柔らかい感触。
痛いと言うほどでもないが、解こうとあがいても柔らかすぎるためかまったく手ごたえがない。

次に気づいたのが、今は夜ではないという事。
窓のある方角から聞こえるのは、囀るような鳥の声。
梟じゃあるまいし、夜にそんな音が聞こえるはずない。
そこでようやく俺は自分が手を縛られたうえ目隠しまでされていることに気づいた。


心当たりは思いっきりある。
むしろ昨日の俺は、どうして今日のことを予測できなかったのかと罵りたくなるぐらいに。






昨晩、仕事を終えたあともあの相棒はなかなか帰ろうとしなかった。
普段なら『一秒たりとも貴様の傍にいるのは体に毒だ』とかなんとか言って請求書や書類整理を押し付けて逃げるはずの男が。
手伝わないにしてもずっと事務所に居座り続けたのは本当に異様な光景だった。
その上他愛もない口喧嘩の応酬に、あいつは時々変な質問を混ぜたのだ。
すなわち

『貴様に新しい女はいるのか?』

『明日は何か予定でもあるのか?』

『買い物には行かないのか?』




―――――おかしい。



冷静に考えなくてもおかしすぎる質問だ。
腕を縛るヒモに懸命に抗いながら、俺はひたすら後悔する。
何故昨日の俺は何の疑問もなく

『いない』とか

『ない』とか

『行かない』

など大人しく答えていたのだろう?
奇しくも昨日はバレンタインデーと呼ばれる日の前日。
彼女がいない男にとって苦痛な日の一日前であり、
恋する乙女たちにとっては恋を実らすのに絶好の口実と勇気を与えてくれる決戦日の準備日だ。

その時に限ってしつこく予定を尋ねる相棒一名。

俺が女なら間違いなく、目の前の男にアピールされていると思っただろう。
だが残念ながら俺は男で、しかも恋人を失ってまだ日が浅いときている。
おそらくギギナの新たな嫌がらせか自慢話かと思っていたのだが・・・・

相棒が、自分の幸せな状況と俺の不幸な状況を知った上で俺に更なる苦痛を与えるためあんなことを言ったのならまだわかる。
しかしそれならこの縛られてベッドに放置されている現状をどう説明すればいい?
残念ながら俺は、咒式士である俺の部屋へ何の苦労もなく進入し、寝ている俺に気づかせず縛り上げることができる男、それも今現在俺に用があるであろう男をたった一人ぐらいしか知らない。

(実は他にももう一人怪しげな権力者が候補にあがってはいるのだが・・・忙しい人間が俺を部屋に放置するなどせず城にでも持ち帰る方がよっぽど面倒が少ないと思われるので除外することにした。)






視界が閉ざされ他の器官が鋭くなったことで、周囲の様子などからかろうじてここが俺の部屋であることはわかる。
しかし今は一体何時なのか。
予定がないとはいえこの放置された状態ははっきり言って寂しすぎる。
肉体的ダメージを与えることを得意とするギギナにしては、この精神的攻撃をただでさえ少ない知性の閃きによる偶然的優秀なアイディアだと褒めてやりたくもなるが、褒めるにしては俺の心の余裕がない。
そうして、物を視覚的に認知する必要がないせいかどんどん思考の奥へともぐりこもうとする俺を扉の開く音が引き戻した。

「起きたか。」

「起きたか・・・・って、ギギナ。不法侵入の上監禁は一応法律で犯罪だと認められているんだが・・・。これは一体どういうことだ?」

「今日はバレンタインデーなのだろう?」

ああ、やっぱり駄目だ。会話になるとは思えない。
バレンタインデーはいつから相棒監禁の日になったんだろう。
嘆くガユスを余所にギギナは持ってきた何かを枕元に置く。

「何だ?」

頬に当たる冷たい感触に首を傾げると、

「貴様にやる。」

するりと何かが擦れ合わさる音がして、それがリボンだと気付く前に甘い香りが鼻へと届いた。
嗅ぎ覚えのあるその香りは―――

「チョコレー・・・・ト?」

「何故、疑問系なのだ。バレンタインといえばこの菓子なのだろう?」

そう聞いたぞ、と言った後、男がチョコを租借する音が聞こえる。

「ふん、甘いな。」

その菓子に甘さの欠片もない声でポツリと感想を呟きながら、男が指を舐めているのであろう音がいやに鼓膜へと響いた。
視覚に頼れない分、普段よりも聴覚の方へ神経が捕られてしまう。
聞きたくないのに縛られた腕はまだ自由にならず、せめて方耳だけでも枕で塞ごうと横向きになると唇に冷たい物が触れた。

「食え。」

先程のチョコレートを出されているのだと察する。
毒見だろうかと一瞬身構えるが、男が先に食べていたことを思い出すとそうでもないらしい。
朝から何も食べてない自分にはせっかくの栄養を拒絶する意も、相棒が現時点で自分を毒殺する理由も見当たらず、ではいただきますとガユスは男の手に唇で触れてしまわないよう注意しながらそっと差し出されたチョコレートを咥内へと運んだ。

「・・・んっ」

「上手いか?」

尋ねるギギナに返す悪態も見つからなくて

「・・・甘い。」

だけど正直に答えるのも癪で当たり障りのない返答をする。
実際ギギナの持ってきたチョコレートは想像以上に美味しかったのだけれど。

「お前のだ、もっと食べろ。」

噛み終わったのを見計らって差し出されるチョコレートを次々と口にしながら、いつのまにかガユスは自分の置かれた身というのを忘れていた。
腕も目も誰のせいで不自由なのかを。
そもそもこの状況に甘んじている原因が誰であるのかということも!!

「よし、食べたな。」

しばらく食べた後、与えられるチョコがなくなったのか手が止まる。
これで開放か?と思いきや今までベッドに腰掛けていたギギナが急に俺の上へと乗りあがり身体の抵抗を押さえつけるように跨った。

「えっと・・・・・ギギナさん?」

抗うための腕はとっくに後ろ手で縛られている。
動こうにも視界の閉ざされた自分と獣以上の動体視力をもつギギナとならたとえギギナが目を瞑っていても分が悪い。

「バレンタインデーではチョコを受け取った相手を好きにしていいのだろう?」

「その話、何かの大きな誤解かと思われるんですが・・・。」

「チョコレート・・・食べたのだろう?」

「た、食べたけど、それは―――」

「食べたのだろう?」

押さえつけられる力が強くなって、それ以上拒む台詞は出せそうになかった。

「食べました!!」

「よし。」

胸元のボタンがはずされ、外気に晒されていく肌。
その上を滑るように撫でながら、

「せっかくのバレンタインだ。私も楽しませてもらおう。」

肉食獣の笑みを浮かべているであろう男を止める術は見当たらなかった。






「ところでギギナ・・・お前の間違えまくったバレンタインデーの知識は、誰に教えてもらったんだ。」

ぐったりとベッドに沈みながら、ガユスは機嫌よさそうにチョコの入っていた箱を捨てる男の背に疲れた声を投げ掛けた。
のんびりと振り返る男が、しばし間をあけて答える。

「貴様の別れた女だ」

「ジヴが?」

既に別れた彼女の名に驚く。

「なんでも、別れた後に浮気の証拠を見つけたとかで一度事務所に殴りこみに来たのだが・・・」

ごめんなさい、もうしません、許してくれ
心の中で謝罪を繰り返しても、もう遅い。
どんな喚こうとも、怒っている本人に届かないのは明確だった。
そしてそれが今どんな結果になったのかは、この身ではっきりとわかっている。

「貴様がいなかったので私が応対したのだ。その時、バレンタインデーとやらの話を聞かせてもらった。」

なかなか有意義な話だったぞ。
流石、貴様の女だっただけはある。
独り言のように呟くギギナをよそに、俺の意識はまた深く沈んでいきそうだった。




しかし悲劇はこれで終わりではない。
最後、気を失う前に聞こえた一言で俺は自らの遺書をノート3冊分は軽く書ける位に打ちのめされる。

「ホワイトデーのお返しとやらが楽しみだな。」


ギギナ、それはもしかして・・・・・・・俺が返すのか?





佳人薄命あき様より…



題名通り奪ってまいりました…(笑)
ギギガユ小説でございます。

いつも楽しみに読ませて頂いております!!!
この小説もフリーだったもので…これはもらって帰らな!!!
と、意気込んで持って帰っちゃった☆



ここの管理人の片割れたらこはメチャくそされ竜
(しかもギギガユ)が大好きなのです…。

これからもフリーな小説とか絵とか有ったら
じゃんじゃん持って帰る所存であります☆ヽ(*´Д`*ヽ ミ ノ*´Д`*)ノ