あの時の自分達は
こうして同じ夢を見るなど、思いもしなくて
ただパシらせる側と、パシられる側の関係だった
「っくしょおぉぉぉ!!!」
黒木の上げた叫び声は教室全体に響き、おそらく両隣のクラスにも聞こえたと思われる。
開きっ放しになった鞄を机上に、黒木はこれでもかと言う程悔しがっている。
鞄に教科書類は一切なく、代わりにあるのは持ち歩きの出来るゲーム機と部活用の着替え、そしていつ配布されたか分からない底でぐしゃぐしゃになったプリントだ。鞄の中だけでなく机の中も似たり寄ったりである。
「黒木君どうしたの?」
「弁当忘れちまったんだとさ」
「何で弁当入ってねーんだこの鞄!!」
「お前が入れてないから」
あまりの黒木の荒れように吃驚した瀬那が十文字に事情を聞く傍ら、黒木の叫びに戸叶の冷静なツッコミが入る。
すでに3つくっつけられた机の上には、十文字のコンビニ弁当とパン、戸叶の特大弁当箱が用意されていた。午後に部活が控えている為、昼食はかなり重要だ。ここで食べておかないと絶対に死ぬ。それ程に蛭魔の練習はきつい。
騒ぎ立てる黒木と対照的に、十文字と戸叶は飽きれた眼差しでその様子を傍観していた。
「てめーら親友が弁当忘れたってのに何だよその反応」
「俺らじゃどうしようもできねえしなぁ」
十文字の台詞に戸叶が2,3度首を縦に振る。
「友情は!?友情はどこいった!弁当分けてやろーとか思わねえのか!」
「いや、俺らの腹が持たなくなるから」
「弁当は分けてやれねえけど、アドバイスならしてやるよ。早く購買部に行ったほうが良いぞ」
「あの…僕のお弁当でよければ…」
と言って瀬那が差し出した弁当箱は高校男子にしては小さな弁当箱。
これを半分ずつ瀬那と黒木が分けたとして、黒木の胃袋が満たされるはずもなく、ついでに瀬那ももたないだろう。
「あー…イイ。お前も足りなくなんだろ」
「そう…ごめんね、役に立たなくて」
自分の力不足に肩を落す瀬那を見て、黒木は頭をガリガリ掻いてから、がっと瀬那の肩に腕を回して走り出した。
「黒木ぃ!!てめ、瀬那に何してんだ!」
突拍子ない黒木の行動に一番に反応したのは瀬那ではなく十文字だった。勢い良く立ち上がった十文字の椅子が床に倒れる。
「裏切り者の言う事は聞きません〜。しゃ、瀬那一緒に購買部まで行こうぜ」
「え?え?僕?」
「1人で行くの詰まんねえじゃん。付き合えよ」
「え、うん…」
瀬那とは違った無邪気さを持つ黒木の笑顔につい頷いてしまえば、あっという間に十文字の声が遠くなる。
「急げ!パンが売り切れる!!」
「う、うん!」
持たれていた肩は何時の間にか離され、黒木と瀬那は全力疾走で購買部へ向かう。
当然全力で走れば瀬那は黒木を置き去りに出来るのだが、ここは速度をセーブして黒木に合わせて走る。
「ぬおぉぉ!!」
昼食のパンの為、部活の時のように顔を歪めて走る黒木をちらっと見た瀬那の口元が笑う。
黒木の顔が可笑しくて、ではなくて。(確かに顔も凄かったが)
学校のお昼休みに、パンを買いに購買部へ一緒になって必死に走る。
友達になれたんだ。そんな実感が不意に湧いてきてしまって。
入学式の日、自分に「パンを買って来い」と命令した黒木が、今は自分と一緒にパンを買いに走っている。
「黒木君急いでー!」
「速ぇって!!」
昼時の購買部の混雑は並大抵ではなかった。
1年2年、3年も入り混じって商品を漁り、レジに長蛇の列を作っている。
しかし運が良かったのか、黒木お目当てのパンはまだ豊富に残っており、黒木は部活に備えて大量のパンを掴み取った。
「こんだけありゃイイか」
「こんなに食べるの…」
後に付き添っていた瀬那に黒木がちょいちょいと呼び立てる。
「お前どれ欲しい」
瀬那は一瞬その言葉の意味が本気で分からなかった。
何も答えない瀬那にさらに黒木が言う。
「あーんなちっちぇえ弁当で部活もつかっての。だいたいガタイ小せぇんだから、食え。1個奢ってやる」
「い、いい、いいよ。僕…」
奢らされる経験はあっても、誰かに奢ってもらうという経験がない瀬那は頭が取れるくらいに首を振った。
自分は奢ってもらうなんて身分じゃない。瀬那の中でそれは常識で、幾ら友達といっても奢ってもらうなんて恐縮だ。
「遠慮すんなって。こんなパンの1個、たかが100円じゃねえか」
「で、でも」
「めんどくせー。お前甘いの好きだっけ?コレでいっか」
「黒木君っ」
適当に目についたショコラを追加した黒木は瀬那の静止を聞かず、止める間も与えないでそれら全てをレジに出した。購買部のおばさんが勘定をする。
パンが詰められたビニール袋を下げて購買部を出た黒木は、手に下げた袋からショコラを取り出して瀬那に放ってやった。アメフトボールをキャッチする様に手を伸ばして受け取る。
「大漁大漁!」
「あの…黒木君」
「まだ何か言うのかよ」
「コレ、黒木君が食べて。きっと僕食べきれないから…それに、100円でもやっぱり悪いし」
「はああぁぁ!?」
購買部よりも教室に近い廊下。生徒のほとんどはすでに食事を始め、廊下に出ている人数は少ない。
立ち止まった黒木は申し訳無さそうにパンを差し出す瀬那を見下ろし、やがて口を尖らせて廊下を歩き出した。
瀬那が慌てて後を追う。
「黒木君、ホント」
「言う事聞かねーなぁお前。入学式ん時はあんなに素直に聞いてたのによ」
「あれは…」
入学式の日。それは瀬那にとっても、十文字や黒木、戸叶にしても苦い思い出だ。
あの時はこうして仲間になる事も知らず、脅し怯えていた。
「…あん時よぉ」
上履きの踵を踏んだ黒木の足が止まった。
後の瀬那を振り向かないで、廊下に視線を落として。
「パン買ってこなかったお前を俺が蹴ったの、覚えてっか?」
「…うん。でも、僕もう気にしてないから…」
「だよな。お前はそー言うって分かってっけどよ。何だ」
勝手な言い掛かりをつけて瀬那の背中を蹴り飛ばした感触は、もう覚えていないけど。
瀬那とこうして仲間になり、友達になって、なるほどに、黒木の中で罪悪感が積もっていくのだ。
あの時の自分は本当に馬鹿でクズだったと思う。何も知らなかった。
「お前が笑うたんびに、すげぇ悪い事したなって思っちまうんだ」
恥ずかしかった。卑小だった自分が。
「こんな100円のパンで詫びるっつーのも馬鹿だけどよ、詫びさせてくれって」
「……」
「お前の為じゃなくて、俺の為に奢られろ。ただの自己満だから」
何時に無く元気なく喋る黒木の背中が、試合中のそれと重なる。ボールと自分を守ってくれる背中。
同じ夢に向かってくれるだけで、それだけで瀬那は全てを無かった事にして勝手に黒木を許していた。
でも、黒木はこんなにも悩んでいた。
「あー!もう分かんねえ!何言いてぇのかさっぱり分かんねえ!これで終わりだ終わり!」
上手く回らない頭と口に苛ついて大股に歩き出した黒木の背中に向かって瀬那が手を伸ばした。
だらしなくズボンから出たシャツを掴む。
「ありがとう、黒木君」
振り返って見下ろした黒木の目に映った瀬那は、怯えも遠慮もない笑顔で言った。
「でも奢られろって変じゃない?」
黒木の口元がむずむずと歪む。
ようやく胸の痞がおりた気がした。
「んな事いーんだよ!とにかくそれ食えっ」
「はーい」
無邪気に笑い合う2人の足音が、ぱたぱたと廊下に響いていった。
教室に戻ってきた黒木と瀬那に一番に反応したのも十文字であった。
戸叶に宥められてイライラしつつ大人しく席に座っていた十文字は帰って来た2人を見て、手に持っていたパンをぐにゃりと握りつぶした。
「はあぁ!?何シャツ掴んでんだよ瀬那!!」
どうやら十文字は黒木のシャツを掴みっぱなしだった瀬那の手が気に入らなかったらしい。
黒木は十文字の怒りの理由を知っていたけれど、先ほどの仕返しがまだ済んでいない。
友情を軽く扱った罪は重い。
シャツを掴んだままの瀬那の肩から首にかけて腕を巻く。
「だって俺ら仲良しだもんなー」
「うん」
何も知らない瀬那が黒木の言葉に素直に屈託無く笑う。それがさらに十文字の怒りを煽る。
「黒木いぃ!!」
「おっ、十文字マジギレっ?」
「ふざけんなっ!このセクハラ星人!!」
「ひいっ!じゅ、十文字君!」
「昼時に迷惑だろ。止めろって。埃たつ」
十文字が暴走し、あっという間に昼休みは過ぎ。
予鈴がなってやっと黒木と瀬那は昼食を食べ過ごした事に気がついた。
どうも、夕暮です。
棗シンラ様より二つセットで黒セナss頂いて参りました。
何で黒セナかと言うと、
その時私は某サイト様で黒セナのイラストを見た瞬間に
黒セナにハマってしまった為です!
あれは良かった・・・・・
で、これ頂いた時はもう嬉しくって素晴らしくって、フフフフフフ・・・・
かなり上機嫌でした。<笑>
シンラ様、本当にかなりマイナーなものを作っていただき
どうも有り難うございます。
追伸。
シンラ様のサイトはリンクのから行けます。
|