まるで仔犬のように見えない尻尾を振り回して
ご主人様に誉めてもらいたがる仔犬のように目を輝かせるから
「黒木君っパン全部食べれたよ!」
俺より馬鹿なんじゃね?とか思って
でも
あんまりにもスゲー笑顔で喜んでたから
「よーく食った!」
つられて、嬉しくなってアイツの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった
それから
わけわかんねえけど、目が離せなくなった
黒木は基本的に面倒なことには首を突っ込まない性質である。
親友のためならば多少は無理をするものの、たかが普通の友人のために何かをする、ということがまるでない。友人が親友以外にあまりいなかったということもある。
黒木はそのどちらも自覚していて、最近そんな自分が変わったということも知っている。
親友、ではないけれど。
ついお節介をしたくなる。
そんな友達ができた。
ふらふらと危ない足取りで歩く瀬那は、自分の頭を軽く越している荷物を両手で持っていた。
瀬那が断れないのを良いことに、皆提出物を瀬那に運ばせたのだ。
馬鹿だなあと思う。
試合中では強敵に立ち向かう度胸があるくせに、どうしてこういうことを断る度胸がないのだろう。
黒木は懸命に荷物を運ぶ瀬那を見兼ねて手を貸してやることにした。
「半分持ってやるよ瀬那」
「え?黒木君?」
山積みのノートやらプリントやらで正面が見えていない瀬那に当然目の前に立つ黒木が見えるはずがなく、黒木は困惑する瀬那にお構いなくその手から荷物を奪い取った。
「あ、やっぱり黒木君だ」
「お前なー、無理なら無理だって言えっての」
「うん…そうだけど、あの、筋トレにもなるかなーなんて…」
「はああぁぁ?筋トレなんて部活ので十分だろーが」
「僕力ないから」
「はいはい。行くぞ」
「あ、あの、黒木君それ半分じゃ…」
黒木の持つ荷物の量と瀬那の持つ荷物の量。ざっと見て2:1。
「ラインマンにこんくらいは軽いモンなんだよ。置いてくぞ」
「待って…!」
置いてくわけがないのに。
ちょっと冗談で言えば慌ててついてくる瀬那が面白くて、黒木はつい嘘を吐いてしまう。
「黒木君」
「あー?」
「ありがとね」
「おー」
瀬那から目が離せなくて分かったことがある。
アメフトをやっている時以外、瀬那は非常に鈍くさい。
防具を身につけて、ユニフォームを着て、アイシールドを付けて、スパイクを履いて、フィールドに立てばアメフト界のヒーローになれるのに、日常生活においてはとてもトロい。自分の足に引っ掛かって転ぶこともあるし、何も無いところで転ぶこともあるし(どうやって転んでるのか知ってみたい)、何か言う時はすぐどもるし、まもりが過保護すぎるほど瀬那の面倒を見たがるのもわかる気がする。
黒木はまもりほど面倒を見てやろうとは思わないけれど。
なんだか、ほっとけなくて。
「あっ!」
「どうした?」
「教科書忘れた…」
「はああぁ?」
「モン太に借りてくるっ」
「待ーて待て」
「で、でも時間が」
「俺の貸してやるよ」
「いやいや!黒木君もおんなじ授業受けるでしょ」
「俺が授業受けてる姿見たことあるか」
「…ない」
「てこと。使わねーし、お前使えよ。ほら」
「…ありがとう」
遅れをとった十文字が悔しそうに拳を握り締めている姿が視界の隅に映ったけれど、見なかったことにした。
早い者勝ちというやつだ。
「スパイラル(回転)甘いんじゃねえのか」
モン太と雪光相手にパス練習をしていた蛭魔が手を休めると、自分も一息吐くのか武蔵が歩み寄ってきた。
一年半の間に伸びた前髪をうざったそうにかきあげた武蔵の指摘に蛭魔は視線を険しくする。
「くだらねえコト言ってんじゃねえよ」
「コントロールも悪いな」
蛭魔はいっそう睨みをきかせた。蛭魔の嫌なところを平気で突付くのは武蔵ぐらいなものだろう。
否定をしたいのに、自覚をしている蛭魔にはそれができない。
スパイラルもコントロールも、確かに調子が悪い。
第三者の武蔵が気付いたのだから、パスを受けているモン太と雪光、特にモン太は蛭魔の不調に薄々感づいているだろう。
腰に括りつけたタオルで手の汗を拭く蛭魔は言われっぱなしも癪だとニンマリと笑った。
「てめぇこそ蹴ったボールの荒れ具合が半端じゃねえなあ。行くとこ行くとこ明後日の方角だぜ?」
「……」
見られていたのか、と口を噤んだ武蔵にさらに言いかかると思いきや、蛭魔はそれ以上を口にしなかった。
笑いもせず睨みあう。
しばらくそうして、先に観念したのは武蔵だった。溜め込んでいた息をイライラと共に一気に体外へ吐き出した。
「集中できてないコトは認める。だからお前も認めろ」
「認めねえ」
「バカヤロー。共同戦線はれねえじゃねえか」
「はっ。俺とお前で共同戦線か」
「可哀相だがまずは弱者から、だろ」
「それで生き残った俺とお前で最終決戦てわけだ」
「わかってんじゃねえか」
武蔵が見る先、後ろ足で砂をかけたくなる景色を蛭魔は流し目で見た。
腹が煮え繰り返るほど良い笑顔をしている二人。
「長男ならまだしも次男とはな」
「しっかり駆除しとけよバカヤロー」
「おい、蛭魔。お前なんだってあんなパスが」
「黙れ糞アル中」
「あいたたた!!!」
「仮にも恩師を撃つなよ…」
仲睦まじい二人の姿に集中力が散っていたなど、自尊心の高い蛭魔には死んでも認められないのだ。
「あー!なんだってお前そんなに走んの速ぇんだよっ」
「パシられてたから…」
並んで40ヤード走をやり終えた第一声、黒木は地団駄を踏んで悔しがった。
「でも、黒木君は僕よりずっと力があるじゃない。僕こんなんだから黒木君が羨ましいよ」
「ばーーっか」
ばこん、とヘルメットを叩く。
「こんなんとか言うな。悔しがんのは良いけど羨ましがんのはダメなんだよ」
アイシールドの向こう側、緑がかった黒木が笑う。
「悔しがって悔しがって悔しがって、そこから這い登って相手ぶったおすのよ」
その黒木の笑顔が、とても頼もしくて。
「お!ちょっとかっこいいコト言ったんじゃねえの俺!」
「うん、すっごくかっこよかった!」
その後の黒木に弾丸とボールの集中豪雨の注意報。
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